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1837年にティエリ・エルメス(1801年~1878年)が馬具工房を開いた。そしてナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客として発展していった。これがエルメス社の母体となっている。
ティエリの孫にあたる3代目のエミール・モーリス・エルメス(1871年~1951年)の代になるとエルメスは事業の多角化に取り組み始める。
1890年代には、馬具製作の技術を基にエルメス最初のバッグサック・オータクロア(sac haut-à-croire)を製作。
1927年になると時計を発表、さらに服飾品・装飾品・香水などの分野にも手を広げ、それらの製品のデザインから製造、販売まですべてを手がける会社になった。

特に馬蹄柄のスカーフとケリーバッグで人気を獲得していった。ケリーバッグは1935年に発売されていたが、当初は「サック・ア・クロア」(sac-à-croire)と呼ばれていた。後に女優のグレース・ケリーが愛用し、特にカロリーヌ皇女が懐妊し、写真を撮影された時とっさにお腹を隠したのがこのバッグであったことから特に有名となり、1955年には正式にケリーバッグへと改名された。「サック・ア・クロア」=ケリーバッグは本来、サドルバッグつまり馬の鞍に付けるバッグであったものを婦人用に改良した物である。

ケリーと同様の人気を誇るバーキンの名も、当時のエルメス社社長であったジャン・ルイ・デュマ・エルメスが飛行機の中で偶然にイギリス出身の女性歌手ジェーン・バーキンと隣合わせになり、彼女がボロボロの籐のカゴに何でも詰め込んでいるのを見て、整理せずに何でも入れられるバッグを作らせて欲しいと申し出たエピソードに由来する。バーキンはオータクロアを元にして製作された製品であるが、いまやオータクロアをはるかにしのぐ人気である。

スーパーモデルのエル・マクファーソンが発注したエル(巾着型で、底の部分に化粧品を入れるための外から開閉可能な引きだしが付いている)、日本人男性が発注した大型旅行鞄マレット・タナカのように、エルメスのバッグには発注者ないし最初の所有者の名が付いたモデルが多く存在する。

2004年、マルタン・マルジェラの後継として、ジャン=ポール・ゴルチエがデザイナーに就任。
2004年パリ・コレクションではエルメスの伝統である馬具・皮革製品を意識し、伝統に配慮しつつ、オレンジ・黒を中心とした鋭角的でかつブランドの風格を意識したデザインを発表した。

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